家庭菜園をやる人同士の気遣い

ある夏のこと。家庭菜園を始めたばかりの頃のことです。

わが家庭菜園で初めて、小さなズッキーニが採れました。スーパーで売っているような立派な大きさではないけど、株自体が大きく育っていなかったため、そのサイズが限界のようでした。今思えば、元々粘土質の土である上、腐葉土や堆肥による土壌改良なども全くしていなかったため、大きく育たないのは仕方がないことでした。それでも、小ぶりながらも自分が育てたという喜びを感じながら収穫したのでした。うちではそのズッキーニを「ズッキーちゃん」と呼んで、一緒に記念撮影までしました。

ズッキーちゃん


近所で見かける別の畑のズッキーニは、葉もびっくりするくらい大きく、どうやったらあんなになるのだろう、と日頃から不思議に思っていました。もちろん、自分も大きな株に育てて、大きな実が沢山収穫できたらいいな、と漠然と思っていたことは確かです。

ある日、畑で作業をしていると、近所の畑の方が声を掛けてきました。やはり趣味で畑をやっていて、もうベテランという感じの方でした。私は、ズッキーニを育てていること、小さい実だけれどやっと収穫できて嬉しかったことなどを話しました。するとその方は「うちにもあるよ。大きいのが採れすぎて食べきれないくらい。」と言い、その方の育てているズッキーニのところまで案内してくれました。見ると確かに、よその畑で見かける、びっくりするくらい大きな葉のズッキーニでした。実もスーパーで売っているものより二周りくらい大きい、立派なものでした。最後に「これ、もってきなよ」とその場で荒っぽく一本もぎ採り、ポイと私に手渡しました。

色々とアドバイスもくれました。悪い方ではないのです。でも、いただいた大きなズッキーニを握りしめて帰る道すがら、私はなんだか空しい気持ちになりました。うちの小さなズッキーニが、あの「ズッキーちゃん」が霞んでしまったような、そう思うとズッキーちゃんが可哀想なような、切ない気持ちにもなりました。

別に、野菜を大きく育てたり、沢山収穫できたり、ということが全てではない。その人なりの楽しみ方があるのだ。そう信じていながらも、やはり、やるからには上手に育てたいという気持ちもあります。みんなそうだと思うのです。だからこそ、お互いのそういう気持ちを尊重できる気遣いが必要だと思うのです。

それ以来、私はできた野菜を人にあげるときには、ちょっと注意しています。同じように家庭菜園をやっている人にあげるなら、その人が育てていない野菜をあげよう。それが一番「平和」だと思うのです。

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